イラスト:Noのレッドカードサインを出している女性
イラスト市場には、昔から“笑顔の独裁”が存在している。
にっこり、ほっこり、満足げ。
この三種の神器さえ描いておけば、だいたいの需要は満たされる。
まるで、
「笑っていれば人生なんとかなる」
と言わんばかりだ。
しかし私は、ふと思った。
いや、そんなに人生、いつも笑ってないだろう。
そこで私は、あえて逆方向に舵を切った。
怒り、拒否、不快、苛立ち。
市場があまり顧みてこなかった
“否定的な表情”という宝石たちを掘り起こし始めたのだ。
「このニッチ、きっと誰かが求めているはずだ」
そう信じて、せっせと描いた。
完全に、希望的観測である。
・眉間にシワを寄せた「なんかムカつく」顔
・手で大きくバツ印を作る「No!」のジェスチャー
・ゲームオーバー画面の前で、コントローラーを握りつぶしそうな人
・「それは違うだろ」と目だけで語るキャラクター
どれも、日常のどこかで確実に誰かが経験している表情だ。
むしろ、笑顔よりよほどリアルである。
人生は、そんなに甘くない。
「これは売れるぞ」と胸を張って公開したものの、
売上グラフは、まるで
こちらに向かって“拒否”のジェスチャーをしているかのように、
ピタッと横ばい。
気づけば、
イラストより先に、
私自身の表情が否定的になっていった。
どうやら市場はまだ、
“怒り”や“苛立ち”を
積極的にイラストへ求めるほど成熟していなかったらしい。
あるいは——
人は日常生活で十分すぎるほど否定的な表情を見ているため、
わざわざ素材として補充する必要がなかったのかもしれない。
ニッチ市場というのは、
だいたい最初は「誰も来ない秘密基地」のようなものだ。
掃除して、椅子を置いて、
小さな看板を出しておけば、
いつか誰かが、ふらっと立ち寄るかもしれない。
否定的な表情のイラストも、
未来のどこかで脚光を浴びる日が来る可能性はある。
たとえば——
ポジティブ疲れした人々が、
「リアルな感情」を求め始める時代が訪れたなら。
そのとき私は、胸を張ってこう言うだろう。
「ほら見ろ、時代がようやく追いついた」
それまでは今日も、
せっせと“怒り顔”を描きながら、
売上グラフに向かって
「No!」と叫ばれないことを祈るのである。
否定的な表情の沼は深い。
だが、なかなか味わい深い。