イラスト:嬉しくて目を開けることができません
商業イラストやストックフォトの世界を見渡すと、
そこには決まって、にこにこと笑う女性たちが整然と並んでいる。
もちろん、それは需要のある表現だし、
視覚的にもわかりやすい“便利なアイコン”として機能している。
けれど、その均質な笑顔を眺めていると、どうしても浮かぶ疑問がある。
笑顔って、本当にそんなに画一的なものだろうか。
実際の笑顔は、もっと複雑で、人間くさく、そして面白い。
その裏側には、言葉にされない感情が幾層にも折り重なっている。
たとえば——
辛酸を噛みしめながら、それでも笑うしかない時の笑顔。
口角は上がっているのに、目の奥は静かに沈んでいる。
社会で生きるうちに、自然と身につく“防御の表情”だ。
失敗を笑って誤魔化す「ワラゴマ」。
「あっ、やっちゃった」を瞬時に“なかったこと”に変換する、
緊急避難的な笑い。
敵意を隠す気ゼロの、不敵な笑み。
歯を見せる行為は、かつて威嚇だったという説もある。
それは人類の奥底に残る“野生の名残”かもしれない。
こうして並べてみると、笑顔は単なる「良い表情」ではなく、
感情のカクテルのような存在だとわかる。
甘味だけでなく、苦味、渋み、酸味、時にはスパイスまで混ざっている。
ストックフォトの笑顔が「記号としての笑顔」だとしたら、
私が描きたいのは、その奥に潜む揺らぎや物語だ。
眉の角度がほんの少し変わるだけで、
「余裕」は「諦め」に転ぶ。
口角の左右差で、
それが「皮肉」なのか「照れ」なのかが決まる。
目の開き具合ひとつで、
「本音」と「建前」の比率が変わってしまう。
こうした微細な差異を拾い上げ、
絵として定着させることに、私は日々挑んでいる。
笑顔は完成された表情ではない。
その人の背景や心の動きを、そっと滲ませる物語の断片だ。
ストックフォトの笑顔が「表面」だとしたら、
私が描こうとしている笑顔は「地層」に近い。
そこには、
どんな経験をしてきたのか、
今どんな気持ちを抱えているのか、
どんな言葉を飲み込んでいるのかが、静かに積み重なっている。
笑顔は、それらを雄弁に語り始める。
だから今日も私は、
笑顔の奥に潜む微妙な揺らぎをイラストに落とし込むために、
観察し、試し、描き続けている。
その複雑さこそが、
笑顔を描くことのいちばんの面白さなのだと思う。